ネパールでインターンシップしてみた話

環境を学ぶ大学生が3ヶ月間ネパールにインターンシップしに行くとこうなります

ネパール58日目 ぜひ読んでほしいクセの強さ!

30分車内で発車を待っていたバスがやっと動きだした。外を見ると店の主人が球をゴムで投げる道具で、木に留まってる何かをねらって投げたっ

とそこに私のボランティア団体VINの集団が歩いて来て日本人らしき2人がいる。こんな田舎に日本人を見るのは初めてだ

とそこに大きな牛2匹をのせたトラックがバスを追い抜かしていく

とそこに道路にいた犬達が6対1で喧嘩して、1が圧倒的に負けてキャンキャン言っている

とそこに荷台に恐らく地元のバス代わりに乗っている人達20人を載せたトラックが通り過ぎる

とそこにバスに乗ったおじちゃんが、私がスマホを持つ電気機器に強い近頃の地元の若者と思ったのか ネパール語で携帯直してくれと頼まれる


バスが発車してからの3分間ですべて起こったことだ。色々詰め込まれすぎ!ネパールらしさが詰め込まれとります。

 

今日はカトマンズのカフェで、レポートです。そこにこないだ会った登山家がいて、また話しかけてきた。別にこっちは聞いちゃいないのに、ひたすら話しかけてくる。だが、英語がとても聞き取り易く、考え方は日本人に近い。そしてただ仕事がない雨季で暇して、日本人をどうにかしたい訳ではなく、ただ話し相手がほしいだけらしい。

テキトーに無視半分、聞いてる半分でいた。ダライ・ラマの話、チベットの話。ただカフェで話かけてきたのであまり聞いていなかったが、話の内容は他のどのネパール人と話した内容より興味深かった。何より驚いたのは、お母さんはネパール人だが お父さんはネパール国籍を持っていないため、普通には国籍が取れないらしい。女性差別が伝統的にあるネパールでは、国籍を取るにもお母さんだけじゃダメらしい。登山家などの仕事をするにあたって国籍が必要なため、おばの父親だったかそこらへんの人を親ということにし今はネパール国籍を取得している。

さぁて聞いてる半分でも話聞くのも面倒くさくなってきた。レポートするからさよなら〜と私から別れを切り出し、彼は日本料理を食べに行くと去っていった。

 

そして活動が終わったあとの旅行を予約するため、ホテルのオーナーのもとへ。このオーナーからはチトワンの旅行を予約し満足したため、他の団体3グループほどオーナーに紹介していた。それからオーナーは、私を仕事を呼び込んできてくれる天使のように扱ってくれている。そんなオーナーがホテルの中にあるレストランで、ティーとモモをご馳走してくれることになった。ちょうどそこに日本人4人がやってきて、レストランには私を含めた日本人5人とネパールオーナーというネパールにしては異様な雰囲気が漂っていた。

モモがでてくるのを待っている間、彼の仕事について聞いていた。私はオーナーと読んでいるが、正確には本当のオーナーではない、現場リーダー的存在だ。彼はネパール人にしては珍しくというか、仕事柄か夜遅くまで働き朝早くから働く。彼が1歳のころ父親がインドに出稼ぎに行ったっきり帰ってこないという。生きているのかさえ分からない。幼い彼と姉2人をかかえたお母さんは一生懸命働き、そんな環境で育ったからか自分も働くようになったという。

確かチトワンでのホテルのスタッフと話した際に、またこの彼も子供の頃に父親がなくなり、お母さんは女手一つで2人の子供を育てあげた。彼のお兄さんは嫁がいたが、ベトナムかどこかへ出稼ぎに行った。そして帰ってくると嫁は他の男の所に行ってしまい、兄弟2人で残された子供2人を育てることになったという。

私はもはやすべて信じる気はないが、ネパールで父親なしに生きていくのは大変困難だと思う。これはネパールの抱える問題だなぁと色々考える日であった。

 

ネパール59日目は、もしかすると結婚式に行くかもしれない。また明日のブログにて